
KIPPAX / OASIS × MANCHESTER CITY
OASIS
なぜ、OasisはManchester Cityだったのか。
READ THE STORY ↓KIPPAX · MAINE ROAD / POPULAR SIDE · FTS CULTURE
1996年4月。OasisはMaine Roadに立った。
でも、そこはただの巨大な会場ではなかった。Manchester Cityのホームだった。
MANCHESTERAPRIL 1996
ステージはPlatt Lane Endに組まれていた。正面にNorth Stand。右手にKippax。左手にMain Stand。いつもなら22人の選手を見つめる場所に、その夜は巨大な照明とスピーカーが置かれた。
4月27日と28日。二日間で集まった観客は約8万人。Oasisにとって初めてのスタジアム・ヘッドライン公演だった。
けれど、規模だけを追えば、この二夜の意味を見失う。
彼らが立ったのは、成功したバンドなら誰もが目指す匿名の巨大会場ではない。少年時代のNoel Gallagherが、サポーターの一人として通ったMaine Roadだった。見上げていたピッチに立ち、今度は自分がスタンドから見られる側になる。そこには、故郷への凱旋という言葉だけでは足りない、時間の反転があった。
「なぜOasisはManchester Cityだったのか」。その答えは、有名人の好きなクラブを調べても見えてこない。まず、一つのスタンドの名前を知らなければならない。
KIPPAX
THE VOICE OF MAINE ROAD
スタンドの名前から、街と時代へ入っていく。
FTS CULTURE NOTEKIPPAX⌄
FTS CULTURE NOTEMAINE ROAD⌄
FTS CULTURE NOTEBURNAGE⌄
少年は、ここからピッチを見ていた。
Noel Gallagherは、Oasis以前からManchester Cityを見ていた。その場所が、Kippaxだった。
KippaxはMaine Roadの長辺を覆う巨大なテラスだった。座席によって一人ずつ区切られる以前のスタンドで、人々は立ち、押し合い、歌い、試合の流れに合わせて一つの塊のように動いた。
屋根は低く、内部は暗かったという。その構造は、数万人の声を外へ逃がさず、ピッチへ押し返した。上品に整えられた音ではない。誰かが歌い始め、その周りが加わり、やがて何を歌っているのか分からないほど大きな響きになる。Kippaxは観戦する場所であると同時に、声を覚える場所だった。
12歳頃からOasisを結成する以前まで、Noelはこのテラスの常連だった。後年、Kippaxで歌を始め、周囲がそれに加わった経験を振り返っている。冗談を交えた回想だとしても、興味深い。大勢の知らない人間が同じ旋律に参加する感覚を、彼はライブ会場より先にスタンドで知っていたのかもしれない。
Kippaxは記事の一要素ではない。City、Noelの少年時代、Manchester、FootballとMusicを一本につなぐ言葉だ。
最初からKippaxと呼ばれていたわけではない。かつての名前はPopular Side。1956年に屋根が取り付けられたとき、背後に通っていたKippax Streetから新しい名を得た。
通りの名前がスタンドの名前になり、スタンドの名前がサポーター文化を表す言葉になった。一語のなかに場所と記憶が積み重なっていく。Footballの言葉は、ときに辞書よりも多くのものを抱えている。
旧Kippax最後の試合は1994年4月30日のChelsea戦。約20,000人がテラスに入り、試合は2–2。試合後もサポーターは残り、別れを告げた。
OASIS
1994
MAINE ROAD / 1994 / NME COVER
FOOTBALL SHIRTが、街へ戻ってきた。
写真の中で、NoelとLiamはManchester Cityのシャツを着ている。
1994年、NMEの依頼を受けたKevin CumminsがMaine Roadで撮影した一枚。まだOasisが国民的なバンドになる前、その姿は音楽誌の表紙になった。
重要なのは、Footballと音楽がこの日に突然出会ったのではないということだ。二人にとってCity shirtは撮影用の衣装ではなかった。いつもの自分たちを示す服だった。
ただ、90年代の英国で、それまで少し離れていた二つの文化が、再び同じ場所に立ち始めていた。Football shirtは、スタンドの外へ出て、音楽誌へ入り、街を歩く服へ変わっていく。
Oasisがその変化を発明したわけではない。しかし、彼らほど鮮明にそれを可視化した存在も多くなかった。音楽の成功とともにCityのシャツが世界へ映り、クラブの名前だけでなく、Manchesterという街の態度まで運んでいった。
OASIS
BROTHER
1994年。
Oasisが着ていたManchester Cityの胸には、
BROTHER
と書かれていた。
ManchesterのFootballと音楽を結びつけた一枚のシャツには、日本の名前が入っていた。
クラブのスポンサー名は、本来なら契約期間を示す商業的な記号にすぎない。けれど、時間が経つと、その文字までが時代の記憶になる。選手の名前、スタジアムの匂い、当時聴いていた曲と結びつき、シャツを見ただけで過去の風景が戻ってくる。
Noelは、Brotherとメディア撮影によってCityとOasisの結びつきが強くなったと振り返っている。日本でCity shirtを着る人が現れ、クラブには日本からの注文が届くようになった。胸のBROTHERをOasisに関係するロゴだと思った人もいたのではないか――そんな冗談まで残っている。
これは日本でFTSをつくる私たちにとって、見過ごせない偶然だ。Manchesterから届いた音楽とFootball shirt。その胸には、先に日本がいた。
一枚の写真が自然に生まれるまでには、その前に時代が動いている。
1980年代の英国では、Footballは暴力や荒廃のイメージと結びつけられ、音楽やファッションのメディアが積極的に扱う対象ではなかった。スタンドには独自の服装文化があったが、それは誰にでも開かれた“格好いい文化”として紹介されるものではなかった。
空気が変わる契機の一つがItalia ’90だった。England代表の戦い、スタジアムを包む映像、New Orderによる代表曲。Footballは試合結果だけではなく、音楽や服、感情を含んだ夏の記憶として共有された。
1992年にはPremier Leagueが始まる。放送、広告、スタジアムは新しい時代へ向かい、Footballは再びポピュラーカルチャーの中央へ近づいていった。その流れの中で、1994年のOasisとCity shirtは現れた。
だから、OasisがFootball × Musicをゼロから作ったのではない。90年代英国で起きていた文化変化の中にOasisがいた。そして彼らは、その変化にManchesterの顔を与えた。
OASIS
1996
MAINE ROAD
27–28 APRIL 1996 / TWO NIGHTS / APPROX. 80,000 PEOPLE
少年は、Kippaxからピッチを見ていた。
そして1996年。今度はピッチ側からスタンドを見る。
手には、ボールではなくギターがあった。
THE TWO SIDESOF MAINE ROAD
SUCCESS / STRUGGLEPRIDE / LOYALTY
1996年のOasisは上昇の途中にいた。二枚のアルバムで時代の中心へ進み、Maine Roadの二夜を経て、さらに巨大なKnebworthへ向かっていく。
同じ頃、Manchester Cityはまったく別の方向へ進んでいた。Maine Road公演の一週間後、クラブはPremier Leagueから降格する。世界でもっとも大きなバンドの一つになったOasisと、苦しい時代へ入っていくCity。その落差もまた、この物語から消してはいけない。
勝っているから支持するのではない。成功しているから故郷を語るのでもない。
1994年のCity shirtも、1996年のMaine Roadも、現在のような成功を手にしたクラブの威光を借りたものではなかった。当時のCityを愛することは、華やかな選択ではない。だからこそ、OasisとCityの関係には広告では作れない輪郭がある。
Footballの記憶は、勝利だけでできてはいない。負けた日、寒い夜、思い通りにならないシーズン。それでも同じ場所へ向かった時間が、クラブをその人の人生に変えていく。
Footballを好きになると、クラブを知る。街を知る。音楽を知る。服を知る。言葉を知る。そして、その人たちが生きてきた時代まで知りたくなる。
入口はOasisだった。
そこからManchester Cityへ行き、Maine Roadを知り、Kippaxという一語に出会う。調べていくと、スタンドの背後に一本の通りがあり、そこに立った少年がいる。City shirtの胸から日本が現れ、さらにItalia ’90と90年代英国の文化へつながっていく。
Footballは90分間の競技でありながら、その外側に果てしない世界を持っている。試合を見ていない時間にも、Footballは音楽や服、旅や仕事の記憶のなかで続いている。
だからFTS CULTUREは、Footballを説明するためだけの記事をつくらない。Footballを入口にして、その向こうにある人生と世界を見にいく。
Footballを通して、世界の文化を見る。
OASIS
音楽は、歌詞を理解してから思い出になるわけじゃない。あの日、あの場所で鳴っていたから、自分の曲になることがある。
- 01MORNING GLORY
- 02CIGARETTES & ALCOHOL
- 03DON’T LOOK BACK IN ANGER
- 04WONDERWALL
- 05WHATEVER
負けた日
試合に負けた日。仕事でうまくいかなかった日。取り戻せないことがあった日。
すぐに前を向かなくてもいい。少し時間が経ってから、また次へ行けばいい。
Footballも人生も、負けたところでは終わらない。
KIPPAX
Kippax / キパックス
一語の後ろに、スタンドがあり、街があり、声があり、少年時代のNoel Gallagherがいる。
WORDS BEHIND FOOTBALL CULTURE
KIPPAX
CULTURE WEAR / CONCEPT 001 · KIPPAX
服を売るために物語を作らない。物語に出会ったから、服を作る。FTSは、この物語から生まれる服を考えている。
DESIGN DEVELOPMENT IN PROGRESSNOT FOR SALE — RIGHTS REVIEW PENDING